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描くということ

外に見えるものを描くとき、認識の質によって描き方は違ってくる。
同じく、内に見えるものを描くときも、認識の質よって描き方は違ってくるだろう。
自分が外に見えるものばかりを対象としているのは、この認識の質を自覚し意識出来、コントロールできるはずだという思いも理由の一つにある。
なので、流れる雲のように蠢く自身の内を描くことは、効率が悪く、明らかに終わりのない作業になる。
もちろん外を描くにしても、終わりはなさそうだが、ある程度固定された現実によって、モチベーションは保たれるし、比較もしやすい。
さて、絵を見て何が描かれているのかを示すとき、当然描き手は何を描いているのかを自覚出来ていなければ話にならない。
コップを見て描くなら、コップを描くのか、コップがあるのを描くのか、コップを見ていることを描くのか、だけでも全く違った絵になる。
そもそもコップと認識してしまう脳の横着さがとても気に食わないが、そのスイッチを外すためにも、集中し長い時間夢中で描き続けることが必要となっている。
一度外れればコントロール出来るものであるが、精神によってぐらついたりもするから、統一は肝心で、何を見ているかによって絵は決まり、無心によって進んでくれる。
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